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先に進ませるものは [思い]

 
  先に進ませるものは

  歌の練習。
  音楽的センスのないクラスである。
  素質がなければ、努力すればよい。
  努力しているうちに、変わってくる。
 「センスがありますね」
  といわれるようになる。
  変声期の子が増えたので、厳しい。
  音程以前に、声が出ない。
  ・声を出す。
  ・響かせる。
  ・そろえる。
  ・表現する。
 
  音楽会用の歌は、難しい。
  まだ、歌うだけで精一杯という感じがする。
  余裕がない。
  やさしい歌だと、表現に集中できる。
 
  昨日、娘(中三)の中学校は合唱コンクールだった。
  2位でがっかりしていた。
  体育祭も2位、合唱祭も2位。
 「2組だから、2位なのかな」
  まじめな顔していうので、笑ってしまった。
  彼女は、伴奏役。
  『大地讃頌』の伴奏は難しい。
  よく練習していた。
  家内も、「よかった」とほめていた。
 「1位じゃないと、意味がない」
  オリンピック選手みたいだな。
  悔しがる、満足しない…立派である。
  しかし、全力を出したこと、クラスみんなが協力したこと。
  などなど、満足してほしいと思う。
  ・悔しい
  その思いが、先に進ませるのか。
  ・満足
  その思いが、先に進ませるのか。
 
  そんなことを思いながら、歌を聴いていた。
 

手紙 [思い]


 手紙
 
 私の師匠植原先生からは、誕生日に手紙が届く。
 15年間、毎年である。
 毛筆の手紙である。
 「もっと深く考えましょう」と書いてあった。
 今の私にぴったりの言葉である。
 ありがとうございます。
 ※毎年、言葉は違っている。

 15年間毎年。
 先生の会に参加しなくなった私に対して。
 損得ではない。
 すごく大きなものを感じる。

正常な学校 [思い]


  正常な学校n>

  1分間のあいさつ指導
  今日は、6年生からおこなう。
  声が出ている。
  5年生もよい。
  4が弱い。
  3はまあまあ。
  2もまあまあ。
  1年は声を出している。
  全員であいさつ。
 
  「子どもの育ちは、あいさつにあらわれる」
  6年のあいさつは、別格。
  次元が違う。

  6年生が一番立派。
  断トツで立派。

  正常な学校である。

  正常な学校は、いったいいくつあるのだろうか…

情熱と執念 [思い]


 情熱と執念

ガラスの仮面』
 『ガラスの仮面』というマンガがある(今、テレビでもやっている)。主人公 マヤは、その役になりきるために、すさまじい訓練をする。あの情熱・執念を見習いたい。これこそ今必要なのである。
 教師修行も、ここから始まる。 子ども一人ひとりを、学級をよくしようという強烈な意識を持って実践しているだろうか。マヤくらいの執念を持っているだろうか?「まあ、これくらいでいいだろう」では、問題にならない。
 「形」の裏にある先人のすさまじい情熱・執念を感じることが必要だと思う。
 情熱と執念が、苦労をものともせず、すさまじい努力を可能にし、工夫を生むのである。 

氣育 [思い]


  氣育

 吉田松陰との出会い
 高校2年生の時でした。
 修学旅行で、萩にいったのです。

 2度目の出会いは、教師になって3年目でした。
 法則化「山口合宿」の帰りに、友達と萩に立ち寄ったのです。
 このとき、電流が体を通り抜けました。

 そうです。
 松陰先生が、私を待っていたのです。
 


 松陰先生の教育

 時代を動かした人物を生み出した松下村塾。
 わずかな期間に、あれだけの人物を生み出すとは…
 しかも選ばれた人たちではありません。
 松陰先生が、塾生の潜在能力を覚醒させたのです。

 私の目指すところです。
 
 塾生のいいところを引き出し、やる氣にさせる。
 パワーを噴出させる…

 非凡な教育者、松陰先生の教育は、氣育です。
 人のエネルギーによる教育です。
 先生のエネルギーが、塾生を刺激します。
 塾生のエネルギーが、噴出します。
 これが「氣」です。

 最近、氣を感じる指導者といえば、マラソンの小出義雄監督ですね。
 テニスの松岡修造さんも、目に力があります。
 選手としてより、指導者としての方が才能がある
 私はこのように見ています。

 
 


 情熱

 教師の情熱。
 子どもに伝わります。
 北風と太陽ではありませんが。
 確実に子どもの心をとらえます。
 この「熱」が、子どもを動かします。
 あたたかい熱です。
 あつい熱です。
 ときに、ぐいぐいと
 ときに、じわじわと

あきらめたら負け [思い]

 あきらめたら負け

子どもたちがやる氣を失い、荒れる最大の原因は、
 「おれたちは見捨てられた」
 という思いではないでしょうか。
 教師があきらめたら、彼らに救いはありません。子どもの未来にさじを投げるわけにはいかないのです。「勝負は最後までわからない」のですから。自分か、もしくはその子が死ぬまでどうなるかわからないのです。私は今でも、関わった子どもたちにエネルギーを送っています。教師ができることは、祈ることだけです。離れてしまったらなおさらです。教師があきらめたら、その子は何をよりどころにして生きていけばいいのでしょうか。
「先生は、ぼく(私)を見捨てない」
 子どもがこう思ったとき、教育が始まります。
 ※私の場合「先生は、しつこい」(笑)といわれています。
 死ぬまで勝負はわからない これが私の哲学です。
 あきらめたら負けです。
 プロはあきらめません。ある俳優は自分の納得する演技をするために、ワンシーンを50回近く取り直したという話を知りました。すさまじい氣迫です。できるまで続けるのです。できそうでできないことです。すさまじい氣迫・・・。信念・氣迫・粘り・・・どれをとってもすばらしいです。何かを真剣に想うのなら、あきらめないことが絶対なのです。
「あきらめない」は、可能性を信じることに直結します。どの子にもすばらしい可能性があります。
「そんなことあたりまえ」
という人もいるでしょう。しかし、指導がうまくいかないとき、
「この子は、いくら指導してもダメなんじゃないか?」
と思ったことはありませんか。私は、何度もありますよ。一瞬のことです。口で言うのは簡単ですが、信じることは、なかなか難しいようです。ましては、行動レベルまでおろすのは並大抵ではできません。教育は口ではないのです。行動です。
「私は、○○君を信じているよ」
といったとしましょう。これは嘘です。本当に信じていたら、「信じている」という言葉は出ないのです。なぜって、当たり前になっているのですから、考えもしません。
 つまり、「子どもの可能性を信じる」ということを思いもしないレベルまで達する必要があるのです。私は、まだまだそこまでいっていません。(笑)同じように努力する方々と共にがんばりたいと思います。どの子にも可能性がある、これを実証したいです。
 子どもの可能性を信じ引き出すのが教師の仕事です。
 子どもの可能性を信じることから、教育は始まるのです。

授業創り [思い]

 現在開発中なのが、ユニット授業。
 若手向けの実践である。
 45分間の授業がうまくいかない人立ちに対して、大きな力となるだろう。

ギャップの大きさ [思い]

  さて、これからが本題です。
 すばらしい学級を見ると悩みます。
 あまりの違いに愕然とします。

 私も悩みました。
 
 この違いは何か ずっと考えてきました。

 あるとき、わかったのです。

 決定的な違いは、意識だと。

 昔からいわれる身口意(しん く い)です。
 …行為、行動
 …言葉
 …思い

 これらが一体になったとき、ものすごいエネルギーが生まれるといわれています。
 なるほど、すばらしい実践家は思いがすばらしい、いっていることもすばらしい、実践もすばらしいです。これら3つのことが、一致しています。
 逆の場合が多いですね。
 口と身のギャップが激しい人が多いです。   

愛で満たそう [思い]

 子どもは、空のコップです。
 めぐまれない子のコップは、限りなく大きいです。
 愛を注ぐと、少しずつたまっていきます。
 愛でいっぱいになったとき、
 愛があふれ出たとき、
 子どもは自ら動き始めます。

 


よい点をも見つけて [思い]

 子どもをよく見ましょう。
 その子のよい点を見つけましょう。
 悪い点は、見ようとしなくても目に入ってきます。
 それも大量に。
 すごいですね。この力(笑)
 この点、だれでも大天才です(笑)

 よい点は、目を皿のようにしないと見つかりません。

  わずかに光る一点を
  かすかに光る一点を
  一瞬のきらめきを

  とらえましょう。
  見つけましょう。
よい点を見つける望遠鏡

よい点を拡大する顕微鏡、広角レンズ


 よさを見つけるために子どもを見ましょう。

 よさを見つけた人は幸せです。
 よさを見つけてもらった人も幸せです。

 自分のよさを見つけてくれる教師にのみ、子どもは心を開きます。


自分流の教育創りを進めていきましょう。

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